プロフィール 内村まり子
〈音楽歴〉
都立芸術高校音楽科ピアノ専攻卒業。国立音楽大学ピアノ科卒業。(ピアノを矢口優子氏、佐野川延子氏・田辺緑氏、各氏に師事。古楽研究会Origo et Practicaにてチェンバロを始め、国立音楽大学古楽研究所研修生修了。(チェンバロ、通奏低音を岩淵恵美子氏に師事。)
イタリアの古い音楽(特にオペラが生まれた頃の音楽)に魅せられ、言葉と語りに音を付けて行く伴奏に興味をもち、2000年夏、野村文化財団の助成を受けてイタリア・ミラノへ渡る。カッチーニ、フレスコバルディ、モンテヴェルディ等のイタリア初期バロック音楽について学ぶ。2000年から2002年までパヴィア音楽院にてチェンバロ・通奏低音・即興をエドアルド・ベロッティ氏に師事。2001年から2003年までルガーノ国立音楽院にてファビオ・ボニッツォーニ氏のもとで、チェンバロ・通奏低音・アンサンブルを学びディプロマを取得。
2003年より5年間ミラノ・クラシカ室内楽オーケストラ(Milano Classica Orchestra da Camera)のチェンバリストを務める。バロックオーケストラ〝ラ・リソナンツァ″の通奏低音奏者としてヘンデル≪メサイア≫、モンテヴェルディ≪聖母マリアの夕べの祈り≫、コレッリ≪合奏協奏曲≫、バッハ≪クリスマス・オラトリオ≫等に加わり、イタリア・スペイン・フランス・オランダ・スイス等ヨーロッパ各地の音楽祭等にて演奏。ファビオ・ボニッツォーニ氏のCD〝フーガの技法″2台チェンバロのパートを担う。2014年、自身の活動として≪マニフィカト≫を開始。
都立芸術高校音楽科ピアノ専攻卒業。国立音楽大学ピアノ科卒業。(ピアノを矢口優子氏、佐野川延子氏・田辺緑氏、各氏に師事。古楽研究会Origo et Practicaにてチェンバロを始め、国立音楽大学古楽研究所研修生修了。(チェンバロ、通奏低音を岩淵恵美子氏に師事。)
イタリアの古い音楽(特にオペラが生まれた頃の音楽)に魅せられ、言葉と語りに音を付けて行く伴奏に興味をもち、2000年夏、野村文化財団の助成を受けてイタリア・ミラノへ渡る。カッチーニ、フレスコバルディ、モンテヴェルディ等のイタリア初期バロック音楽について学ぶ。2000年から2002年までパヴィア音楽院にてチェンバロ・通奏低音・即興をエドアルド・ベロッティ氏に師事。2001年から2003年までルガーノ国立音楽院にてファビオ・ボニッツォーニ氏のもとで、チェンバロ・通奏低音・アンサンブルを学びディプロマを取得。
2003年より5年間ミラノ・クラシカ室内楽オーケストラ(Milano Classica Orchestra da Camera)のチェンバリストを務める。バロックオーケストラ〝ラ・リソナンツァ″の通奏低音奏者としてヘンデル≪メサイア≫、モンテヴェルディ≪聖母マリアの夕べの祈り≫、コレッリ≪合奏協奏曲≫、バッハ≪クリスマス・オラトリオ≫等に加わり、イタリア・スペイン・フランス・オランダ・スイス等ヨーロッパ各地の音楽祭等にて演奏。ファビオ・ボニッツォーニ氏のCD〝フーガの技法″2台チェンバロのパートを担う。2014年、自身の活動として≪マニフィカト≫を開始。
〈信仰歴〉
1994年 立川キリストの教会にて受洗。
1997年 結婚後、夫の母教会シオンの群れ教会(東京・中野)会員となる。 2000年 古楽の学びのためにイタリア・ミラノへ渡る。ミラノ賛美教会(韓国人教会)の礼拝に集うように導かれ、イム牧師に与えられた日本人宣教のヴィジョンを知り、日本語集会のために仕え始める。2001年12月 ピリピ人への手紙2章2:3-11の御言葉、聖歌521番『キリストには変えられません』の賛美とともに献身の心が与えられた。 2003年4月、古楽の学びを終え帰国し、7月にシオンの群れ教会(東京・中野)より、ミラノ賛美教会へ宣教のため夫婦で派遣され、現在ミラノを拠点にヨーロッパ日本語教会の働きを担っている。 2007年、『ヨーロッパ・キリスト者の集い・ミラノ大会』にて賛美隊を編成し、それ以降、度々賛美オーガナイズを担っている。 |
≪ピリピ人への手紙2:3-11≫
何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、「イエス・キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。
何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、「イエス・キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。
〈オルガン〉
2001年、献身の心が与えられた翌日、不思議な導きによりミラノS.Ildefonso教会のオルガンを紹介され、教区司祭Don Marcoの依頼により教会オルガニストとしての仕事を開始。オルガンを弾き始め、カトリックの典礼を体験をもって学ぶ。エドアルド・ベロッティ氏に師事。今に至るまでイタリアカトリック教会・プロテスタント教会(韓国長老派・スイス改革派(国教会)・イタリアヴァルデーゼ)・宗派、国を超えて教会オルガニストを継続して担ってきた。礼拝と賛美、典礼について重荷を持ち、普遍的な見えない教会の在り方、礼拝と賛美の心について求めている。
2001年12月より、S.Ildefonso教会オルガニスト 2002年 スマラノオルガンアカデミーに参加し、世界各地から寄せられてくる教会オルガニストとの出会いと学びに目が開かれ、即興、礼拝奏楽について学ぶため度々このアカデミーに参加。 2003年7月より、夫婦でミラノ賛美教会に仕え、特に邦人宣教の働きを担う。 2005年より、賛美教会オルガニスト 2008年より、スイス・ヴァカッロ改革派教会(国教会)、ルガーノ改革派教会(国教会)オルガニスト 2011年より、ミラノヴァルデーゼ教会、補助オルガニスト |
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